クルミのキッチン


  クルミ材100%のオーダーメイドのキッチンは、
  倉敷の設計事務所(佐渡基宏建築アトリエ)との
  コラボレーション。


代々受け継がれてきた欧州諸国の家具に習い、
合板や金具(引き出し用のレールなど)類は使わず、
木を組んで構成し、
側板・裏板・底板に至るまで
手鉋(かんな)で仕立てています。
(金具や合板は湿気に弱いので、水回りが苦手です)


島(アイランド部)の片側は、
キッチン用具を収納するための
引き出しと食洗機。




ダイニングテーブル側は、
生活用具の収納スペース。
(オーディオ機器も扉の中に)






こちらのお宅もクルミ材を使用。

サイズやはめこむ機器は、
設計事務所からの図面に従い、
材質の選定から木組みの構成を考えていきます。

下請けの仕事ができるほど器用ではないので、
決められた建築家としかご一緒できませんが、
時間も手も足りないので、
キッチンの製作は、
たまの仕事くらいで良い加減です(笑)。



シェーカー家具のようなキッチンからは、
凛とした空気が漂ってきます。

島(アイランド部)がとれない
一列式の場合は、
こちらに流しを取り付けます。




島(アイランド部)を設置できる
スペースがあれば、

調理スペースにも余裕ができます。






どうしても作ってほしい!と頼まれた流しの蓋。
外すと、まな板になります。
(取り付けたままでも使用可)










「簡素な美しさ」を学ぶために


 20代の頃通った木曽の専門校で初めて作らせてもらった
 シェーカー様式のラウンドテーブル。


特にシェーカー家具にこだわっているわけではないけれど、
いつの時代も愛され続けているものには
何かしらの理由があるはず・・・

それを自分の掌(てのひら)から学びたくて、
専門校を卒業してからも家具を連作しています。
ただ、学べど学べど次の課題が現れちゃうから、
終点は未だ見えず⤵

手仕事の奥の深さが身にしみるばかり。


脚の径まで最小限にとどめるのは、
デザインという観念からではなくて
「1本の樹から1台でも多くの家具を作る」
という理念から。




ここまで削ぎ落とせるなら、
デザインという概念さえ必要ない?
と思わされる栗材のラック(タオル掛け)。




たった19㍉の厚みでも
十分耐えうるクルミ材のベンチ








材質は、適材適所が貫かれている。
広葉樹、針葉樹、多種多様。
棚は軽い針葉樹で。







必然性(使い勝手)から生まれてくる形に従うだけの簡素なもの。

蓋(ふた)を開けて、
ブランケット(毛布など)をしまいこめる
クルミ材のチェスト。





小さなサイドテーブルは、
引き出し付き。




暖かな陽射しの届く場所に置かれた
食卓とクルミ材のスピンドルチェア。








4月(大阪)の二人展、中止のお知らせ

4月19日から大阪で予定されていた二人展を、
服部さん(graf)の一身上の都合により
中止することになりました。
僕自身も心待ちにしていた二人展でしたが、
延期を含め再検討してまいりますので、
日程等決まりましたら
あらためてご案内申し上げます。

二人展に向けて準備してきた作品は、
光と影から生じる陰影をテーマにした白漆の器たち。


今年度の高校の教科書(現代文B)に取り上げられる
谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」文中(白漆)の※注釈で
白漆椀の写真が引用されることに決まり、
あらためて本を読み返したことが
テーマを定めるきっかけになりました。

































「光と影」が醸し出す奥行きと白漆のうつわのConcerto


















工具と木工の心得


木工は、工具あっての仕事。
一般的に、
鑿(のみ)や鉋(かんな)に使われる刃物は
「日本製がよく切れる」とされている。
日本刀で培われた文化が
鑿や鉋にも周到されているので、
確かに言われるとおり。
日本の刃物に勝る工具はなかなか見当たらない。


ならば、
工具さえ揃えれば、
いいものができるのかというと
そうはいかないのがものづくりの難しいところ。

高価なカメラを持てば、
いい写真が撮れると思い込むのと同じで、
いくら高価な工具を揃えてみても、
木の性質を見抜ける目と
道具を使いこなせる手を持ち合わせていないと
「宝の持ち腐れ」と笑われかねない世界。

心の眼を据えてファインダーを通せば、
どんな安価なカメラでも
人の心を揺さぶる場面が写し出せるように、
ものづくりとしての心を育てていけば、
刃物も必然的に生きてくるはず。
技術ばかり自慢するような心持ちでは
「さもしい木工」と呼ばれるのがオチ。

「まずは姿勢を正して」
それは木工に限らず、
等身大の自分と向き合い、
その時々の適切な課題に挑む
きっかけを掴むための第一歩になると思うのです。







シェーカー様式の取っ手


シェーカー様式に学ぶ美しさの源流は、
単に形や簡素なデザインにとどまるものではありません。
僕は、「デザインされたもの」が大の苦手。
誤解されやすいのだけれど、
デザインが嫌いというわけではなくて、
デザインありきの品は、
格好良く映ったりする(ひとめぼれし易い)のだけれど、
使い勝手が気になりだすと
途端に出番が減っちゃうからなのかも。

一方、品を売ることを目的に作られていないシェーカーの生活具は、
あくまで使い勝手の中で育ってきた形そのもの。
蝋燭が倒れないように考えられた(三脚の利点に基づいた)3本脚の
小テーブルや、清掃を重んじたシェーカー教徒が
掃除し易い(箒が入り易い)ようにデザインされた脚の形等々。
それぞれの形が全て使い勝手に通じています。
だから、使う程に馴染んでいく。

取っ手ひとつ見ても、
その理念は感じとれるはず。

シェーカー様式に学ぶべきは、
形をなぞることではなく、
「使い手に寄り添う」という言葉の真の意味を知ることにあります。

プロフィール

HN:
山本美文アトリエ
性別:
非公開

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